太宰府天満宮の厄晴れひょうたん①

by 丸黄うりほ

①福岡県の太宰府天満宮にやってきました!

②境内の筆塚の近くに「ひょうたん掛け所」が

③本物の千成ひょうたんに厄を封じ込める

④不思議な霊力がこもるとされる「ひょうたん」!

⑤福部社の脇にもひょうたん掛け所が……

⑥しかし、こちらもガラガラでした(泣)

⑦福部社は、境内にたくさんある摂社のひとつ

⑧ここに祀られている島田忠臣とは?

4月4日、福岡県の太宰府天満宮で行われた「厄晴れ厄よけ ひょうたん祭り」に行ってきました!きょうから5回にわたってそのレポートをお届けします。

太宰府天満宮の境内に、ひょうたん絵馬がたくさん吊るされているよ……というのを最初に私に教えてくださったのは、「デイリーちくわ」の児嶋佐織さんでした。

そして、2019年12月、大分県の奇祭「ひょうたん祭り」に同行してくださった福岡県在住の「Edit Office 瓢箪座」代表・中野由紀昌さんから、より詳しく、よりリアルにそのお話をきくことができました。

そのお祭に登場するのは、おびただしい数の千成ひょうたんたち。それが、なんと最後には全部焼き納められてしまう! その様子はじつにすさまじいものである。ひょうたん好きにとっては、ちょっと覚悟がいるものであると……。

覚悟がいる……。ちょっと恐ろしいような気もします。しかし、しかし。ヒョータニストとしては、いつかは太宰府に行かねばなるまい!と思い続けて2年半がたちました。

「厄晴れ厄よけ ひょうたん祭り」は、節分の「厄よけ祈願大祭」と関連の深いものであるということもだんだんとわかってきました。中野さんは2月の節分の際にも太宰府天満宮にお参りしてこられ、その様子をメールで伝えてくださっていました。京都の北野天満宮の節分にもひょうたんがたくさん登場していたことだし、天満宮とひょうたんの関係、その謎を解くためにも、「今年が行き時だ!」と私は思いました。

行くことを決めたものの、4月4日の午前中にひょうたんが焼かれてしまうということから、境内にひょうたん絵馬がずらりとかけられた様子を見られるのはいつまでなのかということが気になりました。私は太宰府天満宮に電話をしてきいてみました。出てくださった神職さんによると、「はっきりしないが、たぶん前日の午後には集めてしまうのではないか」とのことでした。ということは、3日の午前中ならまだぶら下がっているのかな?

そんなわけで、私は旅程を変更し、4月3日の朝4時に起きて6時新大阪発の新幹線に乗りました。めちゃくちゃ頑張りました。8時半に博多駅着。そこで中野さんと落ち合い、中野さんの車で太宰府天満宮へ。9時半ごろに到着しました。

ひょうたんはまだぶら下がっているだろうか……?掛け所は、境内にある筆塚の近くと福部社の2カ所だとわかりました。ついつい足が速まります。本殿お参りをして、私たちはすぐに目的地へ向かいました。

……が!

筆塚の近くに鈴なりにぶら下がっているはずの厄よけひょうたんは……、すっかりまばらになってしまっていました。ぽつんぽつんと下がってはいますが、集められたあとで少しだけ残されたか。それとも、空になった後に新たにきた人が吊るして帰った分なのか……。(写真②③)

掛け所の横には「厄晴れひょうたんについて」という立て札が立っていました。「古来より不思議な霊力がこもるとされる「ひょうたん」の中に「厄除」や「願い事」を記入した用紙を入れ、除災招福を祈念するものでございます。詳しくは各おまもり授与所にてお尋ね下さい」とあります。(写真④)

もう1カ所の福部社のほうへも回ってみましたが、やはり同じでした。ひょうたんはほとんどカラになってしまっていました……。(写真⑤⑥)

……ああ、遅かった!残念!

私がしょんぼりしていると、中野さんが「節分の時に撮ったひょうたん盛り盛りの写真がありますから、差し上げますよ」と慰めてくれました。ありがとう、ありがとう。

ふと、福部社の柱を見ると、「菅公恩師 島田忠臣公をまつる」と書かれています(写真⑦⑧)。京都の北野天満宮の福部社に祀られている、舎人であった十川能福なる人物とは別人のようです(ひょうたん日記692日目)。調べてみると、島田忠臣は実在の人物で、菅原道真に漢詩を教えた先生であったことがわかりました。

厄晴れひょうたんレポ、明日に続きます。

(722日目 ∞ 4月6日)