ハワイのIPUのように手で叩いたり地面に叩きつけたり?
by 奥田亮
先週は、古代日本にひょうたん楽器があったのではないか、という視点から、神楽歌や直会歌に出てくる「比左の聲する 比左の聲する」「打つなる比左は 宮も轟に」という詞を検証しました。この「比左」を「瓠(ひさご)」と読むか、「膝」と読むのか、諸説あるようなのです。ひょうたんを叩くのか、膝を打つのか、ということなのですが、膝を打つ音が宮も轟に響くのか? という疑問がありました。では、ひょうたんだとして、ひょうたんを叩くってどういうこと? とも思います。さて、どうなんでしょうか。
と思っていたら、なんと丸黄うりほさんの2月8日のひょうたん日記に、ひょうたんを叩く神職の姿が出ているではありませんか! 京都北野天満宮の節分に行われる追儀狂言で、神職の格好をした役者が千成ひょうたんを棒で叩いています。丸黄さんが書かれているように、この狂言は、茶筅売りも出てきますし、空也念仏の鉢叩きを題材にしているようです(詳しくは2月8日のひょうたん日記をお読みください)。
空也念仏の「鉢叩き」は、鉢やひょうたんを叩きながら念仏を唱える踊り念仏の元祖ですが、では、上述の神楽歌に出てくる「比左の聲」が、この鉢叩きなのかというと、これは時代が合いません。鉢叩きで使われるひょうたんは、鉢や鉦の代わりとも考えられます。
そんなことをつらつら考えていたら、本サイト「花形文化通信」の編集長塚村さんから、こんなんありますよ、と興味深い文献をご紹介してくださいました。関口静雄著「ひさご考」(1974年)。これによりますと、神社の御神楽の採物(とりもの)(=神事や神楽などで巫女や神楽などが手に持つ道具)に、榊、幣、杖、篠、弓、剣、桙、杓、葛の9種あり、このうち、杓はひさご、つまりひょうたん。踊り念仏よりもずっと以前から、ご神事にひょうたんが使われていたのです。著者は、古来ひさごには、呪力があるとする発想があったといいます。
……ひさごにおのずと呪力・霊異が具わっているとする発想の基盤はどこにあるかといえば、それは既に指摘されているように、ひさごが「うつぼ」なる点にあると考えられるのである。このひさごが「うつぼ」なる故に、そこに神霊が依り来てその中に籠るとみる信仰はかつて一般的であったのであって、……(中略)……この信仰は後世の鉢叩き念仏にも精神的な伝承がなされ……
関口静雄著「ひさご考」(1974年8月20日)より
https://www.jstage.jst.go.jp/article/kayo/14/0/14_8/_pdf/-char/ja
そこから、「比左の聲」のひさは、膝ではなく、ひさごであることは明らか、と結論づけているのです。なるほど。
ただ、私の最大の関心事は、この神楽歌や直会歌に出てくるひさごの音が、実際どんな音だったのかということ。鉢叩きのひょうたんと同じようにひょうたんの腹を細い棒で叩くのだとしたら、「テンテン」とか「カンカン」とか「トントン」とか、何か軽い音のようにイメージするのですが、「宮も轟に」響く音だとしたら、もっと抜け感のある音をイメージしてしまいます。
鉢叩きのいろんな画像や絵を見ると、北野天満宮の狂言のような千成ひょうたんではなくてもう少し大きなひょうたんだったり、棒ではなくて扇子のようなもので叩いていたりもします。大きなひょうたんを強く叩けば、能楽の大鼓(おおかわ)のように「カーン」と宮に響き渡るような音になりそうです。案外そういう音だったのか。
でも、先っぽにフサのついたマレット状の棒で叩くと、きっと低音が轟くと思うし、底に穴を開けたり、口を広げたりすれば、もっとよく響くんじゃないか。あるいは、それこそハワイのIPUのように手で叩いたり地面に叩きつけたりしたら、「宮も轟に」響くようなイメージの音になるんじゃないかとさらに想像を膨らませてもみました。ハワイのIPUの元祖が日本の神楽の採物、なんていうことだと面白いんですけどね。
いずれにぜよ、ひょうたん叩きのひょうたんは、楽器というよりは呪具だったということ。まあ、楽器と呪具というのも、鶏と卵みたいなことで、どちらが先にあったのか、なんとも言えない近しい存在ではあるのですが。ま、どっちでもいいか、でれろん。
(694日目 ∞ 2月14日)