【P探】プレスリリースを通して世相を探っているような気がする「プレスリリース探訪(略称:P探)」です。
熊本市で明治7(1874)年に開店した「長崎次郎書店」が同店を6月末をもって休業すると、ウェブサイトで発表しました。4月14日のことです。
同店が森鴎外も訪れたという創業150年の老舗だということもあって、多くのマスメディアが、このニュースを伝えています。
惜しむ声は聞こえてきますし、この書店を直接知らない僕も残念な気はします。
とはいえ、地元で長年、親しまれた本屋さん閉店の報せに意外性がなくなって久しい。
ただ、個人的には感情が現実の流れに屈服するところまでは行きません。
ふわっとしているのに、存在はしっかりしてる綿飴のような感触に似た不安を覚えます。
看過している自分に罪の意識を感じるというか…。
時事通信のニュースサイト「時事ドットコム」の記事「消える老舗、『書店危機』の実態◆国の支援に分かれる賛否」(2024年5月4日配信)によると…。
全国の書店の数は10年間でおよそ3割も減り、市区町村に1軒も書店がない「無書店自治体」は27.7%“
“国は専門のプロジェクトチームを設置して「書店支援」に乗り出した。ただ、国の支援の在り方を巡っては、業界内外からさまざまな意見が交錯する
…とのこと。
この記事中でも東京・中目黒にある創業125年の老舗書店の営業終了について、ふれています。
いずれにせよ、書店の存続問題は国が支援を検討するまでの危機的な状況になっているのは確かなようです…というか、それは自分の肌身で感じています。
僕が高校を卒業するまで暮らした和歌山市北部の住宅街では家を中心にした半径500メートルくらいの範囲に最高時にはスーパーマーケット内を含んで3軒か4軒の書店がありました。でも今は一軒もありません。
最寄りのJRの駅は今、公立高校1校と僕が暮らしていたときにはなかった私立中高2校の生徒が利用しているのに常時、駅員さんがいないし、その他、レコード屋さんとか、なくなったものは少なくないのだけど、今回はそれはさておき…。
自分が小学生から高校生までの間に地元に本屋さんがなかった。そんな状況が想像できません。
地元に書店がなかったら自分の人生は変わっていたと確信するほどです。
もしかしたら今よりも幸福になっていた可能性もありますが、これもさておき…。
僕が小学生から高校生だった1970年代、インターネット経由で注文したら翌日には、早ければ当日にも本が自宅に届くなんていう未来を誰が想像したでしょうか。
地元の本屋さんは新聞やラジオ、テレビと並ぶ、いや僕にとってはそれ以上の情報源でした。
店内の棚に並ぶ医学や趣味、実用書などの背表紙や雑誌コーナーをみると、未知の世界のインデックスをながめている気分になれたのです。
刺激の少ない田舎では別空間とをつなぐ扉といえかもしれません。
もちろん学校に図書館はありましたけど、当時の学校図書館にはマンガがなかったですもん。
図書館には名作と伝記と図鑑と事典しかないイメージ。
それに比して本屋さんのバリエーションの豊富なこと。
入るだけでワクワクしたものです。
まず、お小遣いで買い始めたのはマンガだったような気がします。
雑誌をはじめ、単行本では手塚治虫とか石森章太郎(当時のペンネーム)、藤子不二雄(同)、赤塚不二雄、楳図かずお、永井豪…。
それと並行して江戸川乱歩の「少年探偵シリーズ」…。
で、必然的に「名探偵ホームズ」のコナン・ドイル、「怪盗ルパン」のモーリス・ルブラン…。
それから小学校も4年くらいになると文庫本でSFを読み始めました。
最初に買ったのは旧ハヤカワ文庫「デューン 砂の惑星」(フランク・ハーバート著)。
石森章太郎が表紙や挿絵を描いていることに惹かれたのでマンガが導いてくれたといえます。
続いて星新一とか小松左京、筒井康隆…。
それから「どくとるマンボウ」の北杜夫、「狐狸庵先生」の遠藤周作…。
で、夏目漱石の「坊っちゃん」とか「吾輩は猫である」なんかはとりあえず、読んでおかないとという感じですかね。
マンガつながりといえば、デビュー前の石森章太郎が中心になって出していた肉筆漫画回覧誌名の「墨汁一滴」が随筆集の書名に由来するものだと知って、その筆者の正岡子規の名前を覚えました。
あの “鐘が鳴るなり法隆寺” の名句はすでに知っていたのに子規という名前は “初耳” だったので、「柿を食った人なんやぁ」と妙に感心したのものです。
ちなみに “柿くへば” の作者を松尾芭蕉と勘違いしていた人を2人知っています。3人だったかな。
マンガやエッセイを読んで、その中に出てくるゲーテやダンテ、トーマス・マン、モーパッサン、ドストエフスキー、トルストイという名前に興味を持って、そっち方面も触手を伸ばしました。
こういう経験の流れは僕の場合、本屋さんなしに考えられません。
これは僕の同世代には珍しいパターンではないみたい。
書店通いと絡んで「ほとんど同じ」という話はよく聞きましたし、僕も、そう話したことがあります。
ネットで意図していなかった “当たり” の本を偶然、見つけるということもありますけど、リアルな書店はさらに、その確率が高くなる気がします。
気になった本の実物を手にとって(匂いを含めた)物質としての感触とともに中身をその場でパラパラと確認できますからね。
そして、そのまま買って帰れる。
そういう意味でリアル書店は今も独特のタイパとコスパの良さを持っています。
僕が地元の本屋さんにせっせと通っていた当時、ほしい本の在庫が店にないときは、自分で直接版元に注文して自宅に郵送してもらうという方法もありましたが、送料がかかります。
店に依頼して取り寄せてもらえば、それが必要ない。
当時は注文した本が届くまでに最低2週間ほどかかっていた記憶があります。
本屋さんは配達もしているので入庫すれば、家に届けてもらうこともできますが、僕は取り置き専門。
店で「まだ届いてないですか?」と確認するのが好きだったからです。
もちろん届けば、家に電話をくれるのですが、届くのが楽しみで、注文して1週間くらいすると本屋さんに行って、届いているはずもないのに一応「まだ…」と聞くのが、快感だったんです。
思ったより早く届いていたら確認する楽しみが減って残念なくらいでした。
今は、もういつ体に何が起きてもおかしくない年齢かもと思うことがあり、せっかちになったのか、読みたい本はできるだけ早く手元に届けてほしいという気分が強い。もう2週間も待てなくなり、当時の自分を遠い目をして思い出すだけですが…。
インターネット空間での書籍の売買や電子書籍が便利なのはもちろんで、これは技術開発によって、さらに進化していくのは確実で、僕も大いに利用していきます。それはいわずもがな。
一方で、僕の個人的な体験を思い返しても文化的な社会インフラとしてのリアル書店が重要なのは明白だと感じています。
で、もちろん本屋さんの側も、この “危機” を乗り切ろうといろいろな工夫を重ねているのがプレスリリースにも反映されています。
たとえば…
本屋が仕掛ける、“ココでしか買えない”読書体験「華麗に文学をすくう?」6月1日(土)予約開始! ~双子のライオン堂と、書泉が共同プロジェクトで。全国の本屋でも販売したいです~
昨今、ニュースでたくさんの本屋が世の中から消えていることが取り上げられています。そして、そのことについて「街に本屋があってくれないと困ります。寂しい」と応援してくださる声もたくさん聴きます。なんでも、新しい助成金なども検討されているという記事もありました。本当にたくさんの人が「本屋」を大切に思ってくれているのだと思います。凄くありがたく、勇気づけられます。
…というプレスリリースとしては “異例” の書き出し。
「ここでしか売っていないもの」「時代を切り取ったワクワクするもの」を本屋からの企画でも世の中に1つでも送り出すことで「本屋のある世界」を続けていく僕らなりの挑戦です。
とのことで、その「挑戦」とは…
「華麗に文学をすくう?」という企画。
本に向き合うだけでなく、気軽に良いストーリーや文学に触れることができ、その余韻を楽しめるような商品とするという試み。
書き下ろし掌編と、そのストーリーに出てくるオリジナルの「カレー」を実際に再現したレトルトがセットになった“変化球”のパッケージに仕上げて順次、販売していくようで…
企画意図に賛同いただいた作家、ミュージシャン、芸人とさまざまな書き手のみなさまとの共同企画です。ストーリーのお題は「カレー、本屋、街の名前(赤坂・高田馬場・神保町)」で執筆していただきます。カレーのタイトルイコール作品のタイトルという展開になっていくので、どのようなカレーになるのかも重要です。
…とのこと。
「100年続く本と本屋」をキャッチコピーとする「双子のライオン堂」と、「書泉」「芳林堂書店」の2つの屋号で「アタマオカシイ本屋」を展開する会社「書泉」のコラボで実現した試み。書泉は「神田カレーグランプリ」とコラボしたり、復刊した本に登場したカレーのレシピをレトルトで再現したりした実績があります。
プレスリリースで自ら「変化球」と称していますが、明記されなくても、そして「華麗」と「カレー」をかけたストレートなベタさを差し引いても変化球感が充満していて、最初にプレスリリースを読んだときは幻惑されて理解力がが空振りしたほど…でも結局、ストライクなので良いのか?…いや、ダメなのか?
いずれにせよ「本屋のある世界」を続けていくという決意と熱意がビシビシ伝わってきます。
一方こちらは直球勝負。
九州で書店主導の出版流通改革実現に向けた取り組みを書店107店舗からスタートするそうです↓
ブックセラーズ&カンパニーが書店チェーンの枠を超えた取り組みを九州エリアより実施
それから…
【広島 蔦屋書店】45の本屋・出版社が集まる本屋のお祭り「広島 本屋通り」を6/2(日)に開催
「広島 蔦屋書店」(広島市)は6月2日、1日限りの書店のお祭り「広島 本屋通り 第3回」を開催します。
中国、四国、九州地方から、45の個人書店や古書店、大型書店、出版社が集まって“本屋だらけの町の商店街”巡りを楽しんでもらおうという企画で、「町の商店街にたくさんの本屋さんがあった頃のような賑わいを取り戻したい」という思いから2022年にスタート。「予想を上回る来場と反響」があり、第3回を迎えることができたそうです。
また…
「売り場からベストセラーをつくる!」という発想で、書店員有志で組織する実行委員会が運営する「本屋大賞」は今年で21回目。
本を売るプロの目への読者からの信頼も厚く、今回も好調のようで、こんなプレスリリースが↓
本屋大賞受賞作『成瀬は天下を取りにいく』が異例の15冠を獲得&50万部を突破! 大ヒット継続中!
本屋さんの攻めの姿勢の積み重ねが奏功していますね。
…というわけで、本屋さんへの関心を高めた方にはこんな本がおすすめかも↓
現役書店員による、本屋さんで起こる笑いあり涙ありのドラマを綴った1冊『書店員は見た! 本屋さんで起こる小さなドラマ』発売(5/25)。
現役書店員さんが、さまざまな悩みを抱えてやってくるお客様に、ぴったりの本をすすめまくる、
笑いあり涙ありの本屋エッセイ!
今からすぐ本屋さんに行きたくなります!
…とのこと。
書店は店員さんたちの人柄や能力も反映された場だということがプレスリリースを読むだけで伝わってきて、本屋さんに行きたくなりました。
もちろん、この本『書店員は見た! 本屋さんで起こる小さなドラマ』を買うために。(岡崎秀俊)