VIVA YOU

文・嶽本野ばら

隙あらばロリータを語る僕ですが、重要なことを書き忘れているのに気付きました。今も昔もロリータはマイノリティ、異端のファッション、それを纏う乙女の心情も様々なので一概にはいえませんが、あのヒラヒラした嵩張る浮世離れした格好は、決して目立つ為にしているのではありません。
ロリータが同性からも異性からも嫌われるファッション、ナンバーワンであった90年代~2000年代(僕はロリータ氷河期と呼ぶ)、男性が気後れして厭う気持ちは解らないでもなかった――何時の世も男子はコンサバな女子が好き――のですが、何故に可愛いものを好む女子の多くがロリータを悪くいうのかが当時、僕には理解出来ませんでした。

恐らく“個性”の強過ぎるお洋服を身に纏う自意識に生理的な嫌悪感、または女子としての同族嫌悪を感じていたのでしょう。現在、二次元の中でロリータは属性として欠かせぬものとなりましたが、しかしそれは自分の世界観を頑なに守り他者と迎合しない者のアーキタイプとして描かれるが殆ど、結局、自意識過剰の汚名は返上されないままです。

なるほど、ロリータには自意識過剰な人が多い気がします。なれど、自意識過剰が必ずしも派手に絡がる訳ではない。若きイェイツに友人のライオネル・ジョンソンは「我々詩人は目立ってはならない。保護色を纏え」と忠告したといいます。つまり出来るだけ地味を装うこともまた自意識の顕れ。否、服装に関心がないと見せ掛けている人の方が、僕にはより身形に関し、面倒な自意識を抱えているふうに映る。

まぁ、深くは立ち入りますまい。ながら、大抵のロリータが内向的であり、孤独を好み、陰気であるのは誰もが知るところでしょう。露出の高い格好でUSJに行き自撮りをしSNSにあげたり、ハロウィンにセンター街に繰り出すことをロリータはしません。目立つことは嫌いだし苦手。ならば何故に目立つ格好をするのか? 結果、目立ってしまうに過ぎないのです。象の鼻やキリンの首が己を誇示する為に長いのではないように……。

80年代には目立つのが目的でロリータ服を着ていた人もあるやもしれませんが、そういう人達は90年代、無節操にボディコンへと宗旨替えしていきました。真のロリータは極度に肌の露出を厭います。前髪ぱっつんは眉毛すら観せたくないが故。己の肉体に付随するセクシャリティへの憎悪がボンネットやパニエで膨らませた不自然なフォルムを求める情動になっている場合も多い。

ロリータという日本独自のファッションが80年代のDCブームの落し子であるのは確か。その代表格はVIVA YOUでしょう。

中野裕通がデザイナーだった頃のVIVA YOUのドレス。ビスチェと天使の絵柄がプリントされたチュールがドッキングしている(筆者所有)

中野裕通がデザイナーだった頃のVIVA YOUのドレス。ビスチェと天使の絵柄がプリントされたチュールがドッキングしている(筆者所有)

VIVA YOUはデザイナーの中野裕通に拠ってDCブームの中核を担いました。が、中野裕通がVIVA YOUを起こした訳ではない。VIVA YOUはサンエーインターナショナルが1977年に創立したブランド。中野裕通は81年、この会社に入りVIVA YOUのチーフデザイナーを任される。そして類い稀な先見性からDCブームを牽引するに相応しいモードを次々に発表していった。小泉今日子の紅白での衣装を3年連続で手掛けた頃がピーク。最初、中野さんは服飾の仕事をする為にデザイン画をMILKに持って行ったそう。しかし大川ひとみさんに「これはうちの路線じゃない」といわれ、ひとみさんからBIGIを紹介された経緯を持ちます。

昔、食事した時、僕が全身、 MILKなのを観て、中野さんは「未だにそういう10代の服を作るんだからひとみさんってスゴいよね」と洩らしました。

もうその頃の中野さんは VIVA YOUの躍進で84年、新たに創設となったヒロミチナカノを携えてサンエーインターナショナルから独立して久しく、独自のトラディショナルとカジュアルの融合路線を追求しておられた。ガーリーが世を賑わした頃に「今のガーリーってかつてのロリータをいい替えただけでしょ」といった彼の辛辣な批評の裏には、自分には MILKの服が作れない。でもVIVA YOU時代は MILKを手本にしていれば良かった。あの頃のDCブランドは殆どそうだったろう――という歴史観が含まれていたのだと思います。

『ファッションインジャパン1945-2020 流行と社会』2021年6月~新国立美術館で開催された同展のカタログ。1984年から3年間、中野裕通が手掛けた小泉今日子の紅白歌合戦での衣装も展示され話題となった

『ファッションインジャパン1945-2020 流行と社会』2021年6月9日~9月6日 国立新美術館で開催された同展のカタログ。1984年から3年間、中野裕通が手掛けた小泉今日子の紅白歌合戦での衣装も展示され話題となった

MILKの服が作れない――否、作らない中野さんは従い、世の中がMILK的なものを求めるので当時、そのデフォルメをVIVA YOUとして行った。自然、フォルムやディテールはどんどんと過剰になる。今、ロリータの間ではヴィンテージ、昔のジェーンマープルやMILKを探すのが流行っています。だからアツキオオニシやクードゥピエなどにも脚光が当たるのですが、VIVA YOUは余り取引されない。ロリータの発展に貢献していれどもロリ服ではないというのを、その時代を知っておらずともロリータさんは感覚で察知しているのです。

それなのに、多くのDCに影響を与えたひとみさん自身は「MILKはロリータではない」と苦い気持ちを吐露なさいます。確かにMILKは肌の露出を厭わぬアイテムが多いですしね。カジュアルで活動的なコンセプトはロリータと線引きされるべきかもしれないです。多分、ラモーンズを模倣してセックスピストルズが誕生したのだけど、ラモーンズが「俺達はパンクじゃない」と自分達がルーツと認識されるのを嫌がるようなものだと思います。ロリータ界の事情はこのように結構、込み入っているのです。

(10/01/2023)