個としてのガーリー
かつて女学校として使用されていた自由学園明日館の敷地で、東佳苗が手掛けるルルムウ(rurumu:)の2022ssコレクションが開催されました。ルルムウがランウェイ形式でコレクションを発表するのはこれが2回目。2021-22awの初のランウェイは「孤高の魔女たち」をテーマに、ライティングで作られた五芒星の上をモデル達が歩くゴシック趣味の演出がなされましたが、今回はミュージカル映画『イン・ザ・ハイツ』をインスピレーションに「CONTINUED STORY——続いていく物語」——を展開。一転、淡く儚い、少女期の追憶を想起させるファンタスティックなショーとなりました。
文化服装学院卒業後、2009年、手編みで複雑な造形を作り上げていく一点モノのニットブランド、縷縷夢兎を立ち上げ、東佳苗は自らのクリエイティブを“嘔吐クチュール”と称し(rurumu:は2019年からの量産ラインの名義に使用される)、大森靖子やでんぱ組.incの衣装を手掛ける他、映画監督、ミスiDの審査員などとしてボーダレスに才能を発揮してきました。しかし、彼女が一貫して追求するのはガーリーなのだと思います。
ステレオタイプではない、広義ではなく狭義の、個としてのガーリー。結果、それがダークなイメージの物語を創作させることになったり、ミスiDでトランスジェンダーに栄冠を与える結果につながったりもする。
東佳苗はガーリーを纏めようとはしません。点在するガーリーをそのまま尊重する。昨日は晴れだったのに今日は大雨——これは天気の常識です。自らは死を憧憬するのに、友人が死のうとすると怒るのは矛盾ではない。東佳苗の個としてのガーリーはこんな性質のものではないでしょうか。
当然、統一感が欠けることとなる。しかしコレクションをランウェイで観せるオーソドックスな手法を採用してから、彼女の被服はとても明確になりました。2022ssは素材の異なる布を用いたパッチワークのような仕立てや、フリル・オン・フリルの過剰なレイヤード、ぬいぐるみを縫い付けてしまう型破りなデコレーションなど東佳苗ならではの“嘔吐クチュール”な手法が、制約された空間に置かれることでスタイリッシュに際立ちました。単に装置が有効に働いただけでなく、彼女にとって手段の一つであった被服が、手段を全て落とし込む被服——に推移したからだと思います。
ミクスチャーという言葉では覆い切れない、異なる個と個の縫合。ラグジュアリーのブランドをファストファッションと掛け合わせるのが当節ですが、彼女は、ラグジュアリーとファストファッションを(アンチモードや衣装すら)無理矢理にくっ付けてしまう。拒否反応が起こり化膿したとて、その部分はグラデーションとして美しい。化膿部分は上から貼る異素材の新たなレイヤードの糊にすることも可能だ。掛け算ではなく足し算、割り算ではなく引き算で、フォルムを構築していくのが東佳苗のデザインワークなのではないか? ボヘミアン・ガーリーとでもいうべきか?
僕は量産化で溢れ落ちる“嘔吐クチュール”の補い方を、模索し“縫う”過程を全て原点である“編む”思考で処理したが故、東佳苗は新境地に至ったと予想します。被服で表現出来ないものは他の手段を用いればいい――と思っていた人が、本気で全勢力を被服に注ぎ込んでしまった。才気溢れるが故に遠回りしましたが、rurumu:を通じ、彼女は100%の服飾デザイナーに進化した。
比較的早くから成功を収めた東佳苗は、2020年度、母校の文化服装学院卒業生が選ぶ尊敬するデザイナーとして11位にランクインしました。1位は川久保玲、2位は山本耀司、3位にカール・ラガーフェルド、4位がヴィヴィアン・ウエストウッドですからスゴい栄冠です。しかしこれは日本の現在の服飾業界の閉鎖的状況を反映した皮肉な結果であるともいえます。
未だ、モードの世界は60〜70年代にデビューした大御所達が牽引している。LVMHやケリングは傘下のブランドのデザイナーを実績が上がらねばすぐに更迭させてしまうけれど、それは控えている者にとって、何時でも抜擢を期待出来る制度でもあります。だけど日本にいては機会が与えられる見込みは殆どない(イッセイミヤケだけは例外的に新進デザイナーの育成に力を入れてきましたが)。装苑賞を受賞してもいきなりスポンサーが付くことなど望めず、チャンスなら、憧れのメゾンよりファストファッションの企業に入る方が得られる確率が高かったりする。これから服飾を目指す者にとって東佳苗は閉塞感を打ち破ってくれた唯一の希望であるのでしょう。
佳苗ちゃん、だから君はやりたいようにやって更なるサクセスをしなけりゃいけない。ハードルは高いかもしれませんが、パリコレも視野に入れて欲しい。意外にエルメスとか合っている気がするぞ。ゴルチェより、佳苗ちゃんの方が伸び代ありますもの。
(12/5/2021)
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