僕、ロボットが大好きなんだよ!
ジョン・ガリアーノを語るとロンドンコレクションからスーパーブランドに抜擢されたもう一人の天才、アレキサンダー・マックイーンに触れなければならなくなります。
ガリアーノは1960年生まれで85年にロンドンコレクションデビュー。89年にパリコレに招聘され95年にジバンシィに抜擢、2シーズンを手掛けました。しかし96年、クリスチャンディオールに移籍、オートクチュールを任されます。ガリアーノの後ジバンシィを引き継いだのが、やはりロンドンコレクションで注目を浴びていたアレキサンダー・マックイーン。
1969年生まれのマックイーンは労働者階級に生まれ、老舗テーラーでテーラードの基礎を学んだ後、バーマネンズ&ネイサンズでカッティングを習得、後、コージタツノ、ロメオジリというデザイナーズの世界に足を踏み入れます。21歳でセントラル・セント・マーチン美術学校に職を求めると同時に生徒としても学び、91年、大学院課程を卒業。92年に自身のブランドを立ち上げ94ssよりロンドンコレクションに参加。ガリアーノもセント・マーチン出身ですがマックイーンの場合、親が学費を用意出来ず才能を見抜いた叔母が肩代わりしました。ファッションコース創設者のボビー・ヒルソンはいいます。「彼の印象はよくなかった。みすぼらしくて魅力がない」「でもその情熱に興味をそそられた」(『マックイーン:モードの反逆児』より)。
切り裂きジャック、ハイランド・レイプなど扇情的なコレクションを発表し続けたマックイーンは最初からメディアの注目を浴びましたが、まるで資金を持ちませんでした。イギリスの若者の多くがそうであるよう、失業保険で暮らしそれでショーの経費を捻出していた。ですからメディアに顔を出せなかった。バレると失業保険を打ち切られるから。
ボビー・ヒルソンが語るよう容姿にも恵まれなかったマックイーンが27歳でオートクチュールの頂点に立った時、世間は彼をシンデレラボーイとして羨望しました。しかし2010年、40歳で自殺。原因は様々、憶測されますがそれに触れるのは止しましょう。仮にロンドンで継続させていたアレキサンダーマックイーン名義のコレクションが後半、J=P・ウィトキンの作品をテーマにし過剰なグロテスクへ傾斜した事実があったとて、ジバンシィの初コレクションにおいても彼は、バフォメットを想起させるツノをモデルの頭部に与えたり、黒ミサの参加者のような仮面を被らせたりしましたし、そういうものが好きだったという以外、詮索を入れるのは良くない気がします。
毎回のコレクションでの突拍子もない演出と衝撃的な人生の幕切れ故に、アレキサンダー・マックイーンがモードの破壊者として観られるのは致し方ないことと思いつつ、僕は彼にアバンギャルドの冠を被せるのを躊躇います。マックイーンの最も有名なコレクションは1999ssの「No.13」。
フィナーレで純白のドレスを着たモデルの両脇にロボットが現れ、ドレスに向かってスプレーを噴射する。どのような模様になるかは解らない。ゲストは眼の前でドレスが完成していく過程を観る。ですがこれをアクションペインティングやパフォーミングアートと解釈するべきではないと僕は思います。アシスタントのセバスチャン・ポンスは『マックイーン:モードの反逆者』で嘆く。「“ウソだろ またロボットか”と思った」。つまりマックイーンは前からロボットを使いたかった。ポンスはショーの前日、急にロボットが届いてしまいロボット用の着衣が用意出来なかった事情も明かします。パフォーマンスは急場凌ぎのアイデア、でもマックイーンはロボットを出さずにいられなかったのです。
デモーニッシュなものやロボットが好き。それって普通の男のコですよね。確かに「No.13」の記録映像は鑑賞者を圧倒します。でも顔料をかけられるモデルが纏うオフショルダーのドレスの形状にも、もっと着目するべきなのです。胸の上部と背中を革のベルトで締めるミニマルな手段で彼は、前に張り出す形のベルラインのドレスを完成させています。丈はあくまで膝丈。装飾過多のロココから重さを除き、軽やかにカスタマイズさせつつも、エレガンスのボリュームは一欠片も減少させない。まるでAラインを発明したクリスチャン・ディオールの意思を継ぐかのようなクチュールです。初期に彼が考案したヒップの割れ目がみえるボトムはかつて、挑発的なアイデアとしか受け止められなかったけれども、ストリートで腰履きとなり、やがてローライズという概念を生むきっかけとなりました。アレキサンダー・マックイーンはフォルムに革命をもたらしたのです。この偉業に比べれば彼の個人的趣味の過剰演出なんてささやかなもの。モードを破壊したのではなく守ったものとしてマックイーンの軌跡を追い直すのは、価値のある作業の筈です。
(01/09/21)
『マックイーン:モードの反逆児』Blu-ray&DVD 2019/9/3 発売
Blu-ray:5,280円(税込)
DVD:4,290円(税込)
発売元:キノフィルムズ/木下グループ
販売元:ハピネット・メディアマーケティング
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