「渦に魅入られて」

 

 きょうは少し涼しい、とTwitterでつぶやいてから、これは何だかテレビの気象ニュースみたいだなと思った。

 滋賀に居た頃、気象ニュースの「東京偏重」にはいらいらさせられた。中継キャスターがいるのはほとんどの場合、局のある東京だ。なぜ東京の天気ばかりがいちいち映像で流れるのか。なぜたかだか数センチの積雪で首都圏がマヒしている話をきかされなければならないのか。そちらがおだやかに晴れていても、こちらは大雨ではないか。

 しかし、いまや、そのいらいらする天候のことを、東京に居る自分がつぶやいている。知ったことか、と思って読む人もいるだろう。

 じつを言えば、「東京」という括り方だって大雑把なものだ。最近の雨雲予想は1時間ごとに1kmメッシュで予報を伝えている。1時間以内ならもっと短い時間単位で雨雲の移動が分かる。それを頼りに、わずかな隙をついて駅までダッシュすることもある。

 いま新宿は小さな降雨帯に入って激しい雨が降っているけれど、中野ではさほどでもないらしい。これから5分後に池袋は新宿のようになる。この場所で、断続的に激しい雨が降っているということは、別の場所では別のタイミングで断続的に降っているということかもしれないし、その地域はとても限られているかもしれない。

 あまり狭い場所のことばかり考えているとイヤになってしまうので、ときどき世界の天気図を見る。Windyというサイトは、世界の気象を雨、風、気圧、気温など項目別に図示してくれる。日本付近に停滞している低気圧が、太平洋のいくつもの風の渦と連動しており、ミクロネシアからフィリピン沖でぐっと北上してきた風が、東北で反時計回りの渦を巻く一方で、まるで向かい合った歯車のように、時計回りの風が北海道から樺太、ベーリング海を経てゆっくりと太平洋を日本列島側に回遊してくる。そのベーリング海に流れ込んだ風の一部はアラスカ湾へと分岐して、北アメリカへと下り、カリフォルニアに雨を撒き、ハワイを包み込む大時計回りの環となる。パリは晴れ、カイロは曇り、シドニーは雨。喜望峰沖に、南極大陸に、わたしの知らない嵐がある。「東京は夜の七時」の気象版といった感だ。

 連続テレビ小説「おかえりモネ」は、気象予報の仕事を志す主人公、永浦百音の物語だ。いまはドラマの中盤で、百音は気仙沼から東京の気象情報会社にやってきたところなのだが、気象コーナーを担当するニュース番組で、地方の重要な気象変化が盛り込まれにくいことに違和感を持つ場面がある。宮城のいくつかの地域に強い降雨帯が通過する。しかし、それが警報を出すほどの強さにならないために、編成スタッフたちは、全国ニュースに盛り込むことにためらいを見せる。仙台にいる同級生からメッセージで、街の看板が倒れている映像を見た百音は、社会部のスタッフに頼んで裏をとってもらう。結局、気象のコーナーが終了するギリギリのタイミングで警報が出て、キャスターはコメントにその情報を盛り込み、倒れた看板がニュースに流れるのだが、この筋書きには、全国の(東京以外の)視聴者がぶんぶん首肯したに違いない。

 土石流が起き、各地で洪水が発生し、ニュースの中で気象情報に割かれる時間はいつにも増して延びている。「おかえりモネ」を見ていると、こうしたニュースの表舞台と裏舞台を続けて見ているような錯覚を覚えるときがある。

 「おかえりモネ」の第一回の冒頭、初めて画面に登場した百音は、洗濯機の洗濯槽にできた渦を指で不思議そうにぐるぐるとなぞっている。そのときは、おかしな始まりだと思っただけだったが、時を経て東京にやってきたときもまた、やはり銭湯に隣接したコインランドリーの洗濯槽を不思議そうに眺める。どうやらこれらは、ただの気まぐれな場面ではない。主人公は知らぬ間に、風の渦、水の渦に憑かれている。渦が、気象の世界に向かわせるのだ。世界の天気図に示されたいくつもの渦巻きを見ると、そう思う。

(8/18/21)