小さなお店はいつも可愛さで爆発しているのだ

文・嶽本野ばら

2019年11月中旬のCeriseの外観

 

MILK本店を明治通り沿いに渋谷の方に少し進むとチェーリーズという小さなセレクトショップがあります。奥まったビルの通路を進まないと、目立つ看板をあげているでもなし一見、お店があるとは解らないのですが、僕は世界で一番——ええ、MILK本店よりもです!——好きかもしれません。

当初はベビーリボン(Baby Ribbon)という名のお店でした。或る日、行くと店名がチェリーズ(Cerise)に変わっていた。でも商品の傾向が変更された訳ではない。
元々、シャーリーテンプルに携わっていた人のお店で、シャーリーの店員だった森さんがスタッフとしてお店に立つことになった。でもその人が突如、お店を畳むといい、そんなの嫌だ!と森さんが譲って貰うことにしたそうです。店名は暫くそのままだったけど、名前をチェリーズに変え、塗装なども森さんが行い、大改装を試みた。森さんの運営になって今年で10年だそう。

「お店がなくなることよかこの世界観が消え去ってしてしまうことが耐えられなかった」と森さんはいう。それは当然で、チェリーズは店内の至る処が“可愛い”で埋め尽くされているのです。変なものしか置いてない。ドット柄のハットボックスとか、ぬいぐるみとか、ハート型のクッションとか、いらないものしか、ない(そして少しラグジュリアリー)。
だけどディスプレイされた可愛いもの達は可愛いと可愛いが化学反応を起こし、更なる可愛いを産出し、店内の可愛さ濃度を極限にまで上げてしまう。もしゴキブリが出てきても、きっと頭にリボンを付けているに違いないくらいに“可愛い”が飽和状態になっている。声すら上げられない。
一歩足を踏み入れた刹那、可愛いに押し潰され、最早正気を保てなくなる。
去年、11月中旬に訪れた時はもう既に巨大なツリーが店内の中央に置かれ、クリスマスまでに、どんどんとデコラティブにする予定と森さんは語っていました(狭い店内にそんなものがあるとお客さんの邪魔になる、なんてことを森さんは考えない)。

2019年11月中旬のCeriseの店内

時勢故、最近は撮影を許可しているらしいので店内写真を撮ってみるのですが、まるで上手くいきません。情報量が多過ぎてフレームに収まらないのです。動画でも無理でしょう。
過剰、圧倒的な可愛さは、ヒューズが飛びフリーズする状態を僕等に与えます。美しさや正しさはそこまで暴力的な衝撃をもたらしはしない。ですから僕等は“可愛い”に命を賭けるのです。可愛いは一つの星が重力崩壊し爆発するのと同じくらいの破壊力を持つ。情熱や神聖すら及びはしない。もし襲いかかってくる無数のゾンビが、全員、サンリオキャラクターだったら僕等はグリーティングをしてしまうだろうし、地獄草子の背景が、パステルピンクのドット柄やギンガムチェックであしらわれていたなら極楽よか地獄に堕ちてみたいと、願ってしまうに違いありません。

ネット販売もしているのですが、チェリーズのお買い物はお店への拝観料込みだと勝手に思っているので、僕は居を京都に移してもわざわざお店に足を運びます。そして過剰なラッピングをやって貰いながらの待ち時間、何度もチェックした筈なのに見落としていた可愛いものを発見し、追加で買ってしまうのです。もう可愛いの蟻地獄ですよ、チェリーズって場所は……。困ったものだ。

左からメロン×ラベンダーのフーレイバニー、スノーホワイト×ベビーピンクのマカロンベア、サックス×ベビーピンクのマカロンバニー、スノーホワイト×ベビーピンクのマカロンベア(以上、Cerise×Risa Tanikawa )ショコラぺッツ帽子箱(Cerise)

でも、可愛さに完全敗北してしまうことこそが至福なのです。無償の愛の至高よか無償の可愛いの至高を僕は優先する。変かどうかは僕が決めるし、沢山の人がいらないといっても僕が必要ならばそれは必需品だ。冷蔵庫やスマートフォンよか僕にはドット柄のハットボックが必要だ! 仮令入れておく帽子を持たなくとも! ロリータとして生きるとはそういうことです。
チェリーズの商品は単に可愛いものを集めているのではない。可愛いと名乗るもの達の中からチョイスされ、チェリーズとして研磨されたものだけがそれぞれの居場所を与えられる。僕達の衝動は——お菓子の家の柱や壁を齧るのと同じで、チェリーズそのものを買い、持ち帰ろうとする欲望なのです(それがラグジュアリーの本質だろう)。

ネットショッピングの便利さを享受し、お洋服ですらここよかこっちでの方が少しばかし安いと比較し、購入する自分のケチ臭さに気付き、たまに嘔吐します。わたしゃ、スーパーじゃなくあんたとこで買うって決めてんだ——商店街の鮮魚屋で買い物をする奥さんが持つ消費者の気概こそが暮らしに色彩を与えるを、僕等は忘れてしまった。確かキリストはいわれました。人はパンを買うのみに非ず、買う時はいいパン屋さんなのか悪いパン屋さんなのかに心を向けなさい——。

ずっと森さんが一人でやっているので、そのうちネット通販オンリーになってしまうやもしれません(ついこの前は歯痛が非道過ぎて臨時休業したらしい)。
ねぇ、ですから僕は一度、訪れて欲しいと思うのですよ。君の皮膚にチェリーズを焼き付けておいて欲しい。可愛いとは何かと問われた時、迷わないように。君が君としていられる場所はここであると言い聞かせることが出来るように……。

(3/19/20)

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