ヴィヴィアンは誰の会社なの?と憤り、マルタンはこっそり姿を消した

文・嶽本野ばら

©2017 mint film office/AVROTROS

 

ユダヤ人への暴言を吐いたとして、2011年ディオールをクビ、自らのメゾン、ジョンガリアーノすらクビになったジョン・ガリアーノに触れたので、2018年A/Wのコレクションから彼をお洋服の世界に連れ戻したメゾン マルジェラについて書いておこう。

メゾン マルジェラ(当時はマルタンマルジェラ)は、マルタン・マルジェラ——アントワープ王立芸術学院出身ながらアントワープ6人衆より早く注目されていた——に惚れ込んだジェニー・メイレンス(ベルギーでいち早くコムデギャルソンやヨウジヤマモトを扱ったバイヤー)の協力の許、1988年に立ち上がりました。

顔を一切ださず完全な匿名性を保ち続けた稀有なるデザイナー、マルタンは、作品への質問に対し、常に I ではなく We で応え続けた。靴下を解体して脱構築、ニットに仕上げるアーティザナルラインの衝撃もあるけれど、四方を糸で仮留めしただけの白布をタグとして用いる、ランウェイでのショーをせず、アトリエで行うなどのアプローチも画期的でした。

©2017 mint film office/AVROTROS

コンセプチュアルといわれる方法論は、クリストなんかに近い気がする。橋や建物を布で包囲する作業は、沢山の一般人の手を借りなければ成立しない。誰の作品だと訊かれた場合、人にやらせているし、包んだ橋や建物は公共物だから、クリストの制作品とはいい難い。マルタンが匿名性を貫いた根拠として、私の服ではなく、私達の服と表現した理由として、ランドスケープ同様、着る者の日常をドレススケープすると考えるなら、理解は案外簡単だ。

と思っていたのですが、マルタンマルジェラの軌跡を関係者証言で綴る『We Margiela』を観てかなり、認識が変わりました。マルタンは最初、プレスやバイヤーに対し展示会で作品を手に取り、熱心に自ら説明をしていたらしい。しかし、表層にしか関心を示さぬマスコミに倦み、彼はコミュニケーションを最小なものへと移行させていった。レオミュール通りのアパルトマンの一室に構えたメゾンのスタッフには、白衣——白、それはマルタンマルジェラのシンボルだ——着用のドレスコードが与えられた。

©2017 mint film office/AVROTROS

しかし2002年、マルタンとジェニーは設立時から支援を受けていたOTBグループのレンツォ・ロッソに会社を売却する。これを機にジェニーは脱退。逼迫の事情があったかどうかは不明だけれど、この時期マルタンはエルメスのデザイナーに就任していたので評価はマックスでした。恐らく、その評価に伴い本体を企業として拡大させなければならない義務がマルタンとジェニーに課せられ、二人はOTB傘下に入る選択を余儀なくされたのでしょう。

そして2009年、設立20周年のショーの準備を終え、マルタンは忽然とバックヤードから姿を消します。スタッフは取材の中でメゾンがどう変わったのかを端的に語ります。
僕等のチームは、夜の街に出て酒を飲んでいる男に服を着せ写真を撮り、妊婦や年老いた女達にフィッティングをさせた。でも02年からは端正なモデルに着せ、ショーにセレブを招待しなければならなくなった。でなければ沢山の人に服が売れない。マルタンは著名人や金に興味がなかった。いなくなった後、僕等は彼なら当然だろうと思った——。
自分とは反対にマルタンはメゾンの売却に肯定的だったとジェニーは語ります。だけど新体制になると、これまでのようなチームとしてのコレクションを続けられなくなる予測はなかったのだと思う。全てが利潤に向かい、最早ショーで使った足袋型のブーツをギャラの代わりに欲しいとスタッフから願われることはない。それでも自分がいないと立ち行かないので、“We”の作品ではない虚無を押し殺しながら09年までは作り続けた。
メゾンを移転させる時に撮った白衣での集合写真、最前列の中央に一人だけ黒服のジェニーの横の椅子には誰もいない。ここでこなければ一生貴方の写真は残らないわよといったけど彼は部屋から降りてこなかった——。ジェニーはその写真について説明する。

マルタンマルジェラの白に関して、僕は何時も悲しさを感じていました。無垢の白ではなくその白には何故か、欠損のような恐ろしさが、ある。高校野球もプロ野球もチームプレイには変わりなく、プロのほうがより緻密なチームプレイをするのだろうけれども、一人がエラーをするともう取り返しのつかないアマチュアの余裕なきチームプレイにしかマルタンは意義を見出せなかったのかもしれない。

©2017 mint film office/AVROTROS

空席のある集合写真はどことなく卒業写真のようにみえる。現在、マルタンは旅行に行ったり部屋を片付けたり絵を描いて日々を過ごしているそうだ。かつて僕は大阪の小さな雑居ビルの一室でフリーペーパーを作っていた。自分達で記事を書き版下も作る。その頃のそれを見返すと、切り貼りの写植がズレていたりで情けないのだけれど、作家になり落丁や乱丁が入り込む隙もない今の自分の著書と比べると、偶に淋しくなる。だからこうしてまた『それいぬ』を、僕は書いています。

(6/23/19)

販売元:アルバトロス(株)

  • We Margiela マルジェラと私たち [DVD] 
  • 監督:メンナ・ラウラ・メイール、出演:ジェニー・メイレンス 
  • 2019年8月2日発売

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