寒アヤメが咲いています。凍てつくような寒さでも、強い風に吹かれてもシャンと咲きます。俳句でもひねろうかと思ったら、季語にはありませんでした。外国から近年やってきたのか?矮性にして耐寒性を強めた園芸品種か?
YList(植物和名ー学名インデックス YList)にはカンアヤメはなく、カンザキアヤメの和名がヒットしました。学名はIris unguicularis Poir.で、RHS(王立園芸協会)には、別名Algerian irisとありました。アルジェリアのアイリスだったとは。GBIF(地球規模生物多様性情報機構)によると、英国、オーストラリア、イタリア、インドで浸入生物として記録されているとあり、日本でもか?と浸入生物データベース(国立環境研究所)を見たら、その名はなく、アイリスではキショウブが要注意外来生物に指定されていました。
アルジェリアといえば、昭和歌謡「カスバの女」の歌詞 “ここは地のはてアルジェリア” が思い浮かびますが、いま、アルジェリアといえば、カミュの「ペスト」でしょう。2020年のベストセラーで文庫本の売り上げの上位に入っています(日販調べ5位、トーハン調べ3位)。
カフカは一度読んだら怖くて、とくに「審判」などはもう二度と読みたくないですが、カミュはそうでもなかった、と高校時代に「異邦人」を読んだことを思い出し、ちょっと読んでみたところ、世間の噂どおり、いま起きていることとダブっていました。しかも描写が細かい、こんな風。「彼らの誰かがものをいうたびに、ガーゼのマスクは膨らんで、口に当るところが湿りを帯びた。それがまるで彫像同士の対話のような、多少非現実的な会話の趣をなしていた。」(カミュ著・宮崎嶺雄訳『ペスト』新潮文庫)
カミュは「不条理の哲学」で知られる人ですが、「ペスト」と「異邦人」を読んだだけで言うのもなんなのですが、条理の文学かと思いました。条(すじ)が通っています。カフカの、そんなアホなというぐらいの、もうやめてーと叫びたくなるくらいの設定で、まったく条の通らない話に比べると。仏教では、因があって縁があって果があるのですが、つまり、原因があって、それを縁取る無数のものがあって、結果が引き起こされるのですが、カミュの話はそうなっています。
またこうも言えます。カミュの話には入口があって出口がある。でも、カフカの話には入口はあっても出口がない。カミュはちくわで、カフカはひょうたん。
おっと、ひょうたんではなく、アヤメの話をしていたのでした。「ペスト」の舞台、アルジェリアのオランという港の商業都市に描かれていたのは、イチジクの木とザクロの木くらい。日本の冬の庭に寒アヤメとして定住しているアルジェリアンアイリスは、アルジェリアのどこに咲いているのやら。砂漠に咲くアイリスもあるそうなので、サハラ砂漠に咲いているのかしらん。
地の果てのアイリスを思いながら、すぐそばにあるアイリスがふと気になりました。最近、シュレッダーとマスクを買った、アイリスオーヤマ。いったい何屋さんなのか、なんでアイリスなのか、とサイトを見たら「アイリス物語」という連載がありました。元は東大阪市のプラスチックの町工場で、1970年代から始めた園芸用品のブランド名がアイリスだったからということで、その物語に、不条理はありませんでした。
by 塚村真美