きょうの丸窓:9月28日(月)晴れ

4月6日に定期券が切れてから、ほぼ毎日乗っていた電車に今年はあまり乗っていません。月曜日、京都でリアル会議があったので、贅沢して近鉄特急で京都へ。京都線・橿原線は、高校と大学の7年のあいだ利用していた路線です。

車窓の風景にはお気に入りの景色がいくつかありますが、高校のころとても気になっていたのが、学校の駅の近くにある洋館でした。

学校の最寄り駅に到着する少し前に、ちらっと見えるのですが、二階建てで丸窓がありました。きっとお金持ちで、お医者さんかもしれない。丸窓の部屋には、病弱な少女か老嬢が住んでいるのだろう。部屋にはグランドピアノがあって、オウムを飼っている、庭にはバナナの木があるのだろうなどと思っていました。

その家は、学校とは反対の住宅街の中にあり、近くを通りかかることもなく、わざわざ行くこともなく、卒業しました。大学に通うようになって、その駅は通りすぎるだけとなり、ときどき電車の中から存在を確かめるくらいでした。卒業後は大阪線を利用することになったので、京都方面に向かう時だけ、思い出しては確認していました。

素敵だから気になってはいたのですが、その洋館には少しひっかかることがありました。丸窓はステンドグラスになっていて、クジャクが描かれているのです。クジャクというのが、生活空間にしては派手なのと、ざわっとするような感覚がするので、ちょっと普通の家にはそぐわない気がしました。大丸百貨店のシンボルがクジャクなので、大丸と関係があるのかもしれないと思ったりもしました。ともかく、町医者や、病弱な少女には似合わない意匠です。

車窓から見るだけだったその建物を、実際に目の前にしたのは、いまから二十年ほど前のこと。遊郭探訪ツアーで引率の先生が、こちらにも面白い建物があります、ということで、最後に案内してくださったのがこの建物でした。「先生、このエリアは花街ではないので、私はこの建物は遊郭ではないと思います」と言うと、先生も遊郭建築ではありませんねとおっしゃり、でも、なんの建物かわからないとのことでした。

日暮れ近くで、古い建物の壁はいっそう黒ずんで見えました。庭にはバラが咲いていましたが、それは隣の庭だったかもしれません。建物はずっと洋館と思っていたのですが、電車から見えるほうと別の壁面はまったくの和風建築で、和洋折衷だったのです。住まいは和風で、医院が洋風か、とお医者さんイメージがぬぐえませんでした。昭和の中頃まで洋風建築といえばお医者さんの家か、ピアノの先生の家くらいでしたから。

それが5年前、一枚の絵はがきを見せてもらって、少女歌劇団の本社屋だったことが分かりました。洋館では音楽やバレエのレッスンが行われていたようです。そして「孔雀劇場」という劇場を、九州の宮崎に持っていたことも。(花形文化通信インタビュー 鵜飼正樹 社会学者「発掘!旅する少女歌劇団」

一昨年の台風のあと、車窓から建物を見ると、南風をまともに受けたのか、ガラス窓にはベニヤ板が張られていました。その後、足場が組まれ、ずっと修繕をされているようでした。ある日、気づいたら、足場がはずされていました。洋館の外壁工事が終わったようで、とてもきれいになっていました。壁は洗われたのか、黒に近いグレーから白に近いアイボリーに。窓の木枠には、水色の塗料が塗られています。高校生の時に見たのよりずっときれいです。垢抜けしたとはこのこと。

心ある方がお住まいになっているのだなあ、と、ガラ空きの特急の車窓から、撮影させていただきました。

by 塚村真美