きょうのアブラゼミ:2020年8月30日(晴)

アブラゼミが台所のお勝手の網戸にとまって、またすぐどこかに飛んでいきました。

そんな日のニュース(朝日新聞デジタル/広島/2020年8月30日)で、広島大学に「角筆資料室」が新設されたことを知りました。広島大学の名誉教授で、国語学者の小林芳規先生が角筆研究の第一人者です。先生の収集・寄贈による文献を集めた資料室ができたようです。

角筆(かくひつ)ってご存じでしたか?

先生の本『角筆のひらく文化史–見えない文字を読み解く』(岩波書店)の解説がわかりやすいので引用させていただきます。

尖った先端を紙などに押し当てて凹ませ,文字や符号や絵を書く道具,角筆.その見えにくさという性質から,鉛筆の普及以前には,漢籍や仏典の訓点,下書き,秘密の記録など多様に用いられていた.

著者からのメッセージにはこうあります。

そんな文字は,子供のいたずら書きに過ぎないようですが,実は,奈良時代(八世紀)の昔から最近まで日本中で書かれていました.中国の漢代木簡や敦煌文書,宋版一切経をはじめ明代・清代の古書にも,韓国の新羅経典や初雕高麗版をはじめ十九世紀の書物にも見られます.ヨーロッパではバイブルにヘブライ語などを凹み文字で書き入れた古書も見つかりました.文字の文化史として未知の世界が広がっています.

ちょうどひと月前のこと。親鸞聖人の角筆について話を聞いてまとめる仕事があり、その際に、親鸞聖人はどうやら刀の背で凹ませている、という話を聞くことができました。昔の絵を見ると、平安時代にも鎌倉時代にも、硯箱に刀が描かれていますよと、源氏物語絵巻や、法然上人像を示していただき、たしかに刀が入っていました。

先週、大和文華館に行ったときに、江戸時代に描かれた国宝「婦女遊楽図屏風(松浦屏風)」に描かれた硯箱にも刀が入っているのを確かめ、さらに、南北朝時代の「竹雀図」には、刀で紙を薄く削って雀の絵を一部消した跡がある、との解説を読みました。

刀は文房具なのですね。

小学生時代には鉛筆削り用の折りたたみナイフというものがあって、きれいに削る人がいました。花形文化通信を始めたメンバーの一人、勝本嘉津枝さんは毎朝、ナイフで鉛筆をピンピンに削って仕事を始めていました。少年ナイフの山野直子さんは、そのバンド名を文具店で見かけた同名の折りたたみナイフから付けたというようなことを聞きましたが、確かにナイフは文房具でした。

昭和時代の刀はやがて折りたたみナイフからカッターナイフになりましたが、デザイナーさんはペンみたいなカッターを上手に使っていました。それは、版下を作るとき。私たちも文字の訂正をするというと、間違った文字だけカッターで切り抜いて、写植の紙から正しい文字を切り取ってきて貼り込むのですが、その紙はどちらも上部だけを、印字された紙の表面の上の方だけを、三枚おろしにするように薄くはぐのです。そうして貼ると紙が凸凹しません。

そんなことを思っていたら、シモーヌ深雪さんがこんな話を教えてくれました。ゲイのお友達が外国で、ハーブ リッツの写真集を買ってきたのだけれど、空港の検閲で引っかかって、本を取り上げられたと。で、その本が戻ってきたら、みごとに、その局所の部分だけが、そこだけよ、きれいに切り取られてたのよと。切り取るいっても、紙の上の方だけ、印刷された表面だけが薄く削ってあって、そりゃまあ、全ページにわたって、きれいに(笑)。あれ、やっぱりデザイナーズナイフでやってるのかな?と。

紙と刀の文化いろいろ、お粗末!

by 塚村真美