ヤブガラシはビーズみたいな花がポツポツと咲きます。黒い実がなるのも素敵。道ばたのフェンスにからみついていたり、堤防の葛の中に生えていたりしますが、家の周りで見かけないなあ、と堤防の草刈り中のヤブガラシをいただいて、二つの植木鉢に植えました。一昨年のことです。
植木鉢に植えたのは、草勢が強すぎて、はびこってしまうから。ヤブガラシは「藪枯」と書いて、まとわりついた植物を枯らしてしまうという意味の名前です。宝石とは言えないまでもビーズのようなチープなかわいさがあるのに、ひどいネーミングだと思っていたら、さらに別名にはビンボウカズラ「貧乏葛」とありました。
上田秋成の「浅茅が宿」か、源氏物語の「末摘花」邸か、と貧乏をちょっと気取ってみましたが、ヤブガラシの評判はあまりよろしくないようで、ネットで検索するとほぼその駆除法がヒットします。俳句の歳時記(合本俳句歳時記)には、「他のものにからみつき、醜く生い茂る」とあり、「全草特異なる臭気を持ち、地下茎から掘り起こしても根絶やしは困難な害草」と、まあコテンパン。醜くも臭くもないけどなあ。また、実際にこんな反応も。近所のおばあさんがやってきて、植木鉢に行灯に仕立てたヤブガラシを見るなり「ぎゃあ気持ち悪い」と首をすくめて避けて通っていました。
一般的な評価はともかくお気に入りの花は、しかし、昨年は一つもつきませんでした。それが、今年はどうも鉢から逃げて地面に根を張ったのがいたのか、地面から生えて、ブドウのために張った紐を上がり、花を咲かせました。やっぱりかわいい。つぼみは緑で、オレンジ色とピンク花の花があります。見ていると、何かに似ている。おお、これはコマ、回して遊ぶコマに似ている。いや、もっと似ているものがあるような……「そうだ、京都タワーに似ている」。京都タワーといえば、ロウソクです。花が咲いてしばらくして潤いがなくなったころなどは、まさしく京都タワー、いやロウソク。
そして、やはり、この花をロウソクと見た人がいたのです。しかも「スズメのロウソク」だなんて、なんとかわいいネーミング。命名者は泉鏡花。さすがです。わたしもロウソクと思ったので、わたしもほめてやりたい。植物学者の塚谷裕一さんが「基礎生物学研究所WEBマガジン(https://www.nibb.ac.jp/webmag/field/okazaki/2002/07/cayratia.html)」で、ヤブガラシについてこう書いていました。
泉鏡花の短編小説『二、三羽–十二、三羽』でいうところの「ごんごんごま」はおそらく、この2倍体ヤブガラシであろう。
「ごんごんごま」は、辞書によると音のなるコマで、イラストを見るとロウソクにも似ています。短編は青空文庫でさっそく読ませていただくと、
スズメノエンドウ、スズメウリ、スズメノヒエ…(略)…スズメの名のつく一列の雑草の中に、このごんごんごまを、私はひそかに「スズメの蝋燭(ろうそく)」と称して、内々贔屓(ひいき)でいる。
とあります。ほかにも、「あの、珊瑚(さんご)を木乃伊(みいら)にしたような」とか、「たとえば、瑪瑙(めのう)で刻んだ、ささ蟹(がに)のような」とか、スズメのロウソクなんてかわいいネーミングをしておきながら、そこは泉鏡花先生ですから、幽玄なのでございます。ささ蟹とは蜘蛛の古語、ロウソクも蠟燭と書くんでございますよ。
植物学者はなぜ泉鏡花の書いたヤブガラシが2倍体だとわかったのか、素人にはまったくわからないのですが、どうやら2倍体のヤブガラシと3倍体のヤブガラシがあるようで、3倍体だと結実しないそうなので、さて、うちのスズメのロウソクはどっちなのでしょう。実がなるといいのだけれど。
それよりも、これ以上伸びると本当に貧乏な家になってしまいそうなので、そろそろ引きずり下ろすとしましょう。
今週はお盆。小さいロウソクのお話でした。
by 塚村真美