最近、玄関の傘立てに、傘よりも高く差さっているものがあります。それは、吹き矢の筒。

母が吹き矢を始めました。

老人会で出会った人と「腹式呼吸ができない」「誤嚥しがち」などと話していたら、吹き矢のサークル活動があるよ、と誘っていただき、出かけるようになりました。

最初、見学に行って帰ってきたら、思っていたのと違うと言い出しました。どうやら、吹き矢のことを、ピロピロとか吹き戻しとかいう紙製の玩具のことだと思っていたようです。

それは違うでしょう、と思いながらも、吹き矢って何?と忍者の道具ぐらいしか思いつかず……。母の説明によると、丸が画いた紙が遠くに貼ってあって、細い筒に矢を入れて、フッって吹いて、矢が的に当ったら得点となるとのことでした。ああ、競技なのですね。

しばらくしたら、バンダナを切って何かを縫い始めました。吹き矢の筒を入れるそうです。マイ吹き矢を買ったので、それを入れる袋だそうです。長いね、長すぎない?合ってるの?へえ、そんなに長いの。

そして、傘立てに、吹き矢の筒が立つようになったのです。吹き矢って、リコーダーぐらいの長さかと思っていたら、ステッキよりも長い。長さ120センチ。しかも、軽い。グラスファイバー製だそうです。矢も見せてもらいました。ボールペンぐらいの長さ、しかも、軽い。1gだそうです。矢の先が金属になっていてほぼその重さです、羽はセロハンみたい。しかも柄入り。バラと蝶?みんなこの模様? あ、いろいろあるの。お母さんのはブルー。あ、そうか、誰のかわかるようにか。

会報誌もあって、ものすごくちゃんとしてる。当然ホームページも。その団体は「一般社団法人 一般社団法人日本スポーツウエルネス吹矢協会」というらしい。トップページに、2019年4月に「スポーツ吹矢」から「スポーツウエルネス吹矢®」に名称が変わったとある。健康効果を前面に押し出した感じ。基本動作はなになに、「礼」で始まり「礼」に終わっている。これは、日本のものなのか?そもそも吹き矢って、日本のもの?

ちょっと適当に調べてみたところ、日本の吹き矢は、「鳥刺(とりさし)が捕鳥に使った」とありました(百科事典マイペディア)。鳥刺というのは、「細い竹竿などの先端に鳥もちを塗りつけ、小鳥を捕らえること。また、その人。特に、小鳥を捕らえてそれを売るのを業とした人」(日本国語大辞典)だそうで、時に吹き矢を使うこともあったのでしょうか。

そもそも、日本より、南洋の奥地の人が使っていそうな気がします。ブリタニカ国際大百科事典によると、「主として、南アメリカや東南アジアの諸民族が狩猟や戦闘に用いる武器の一種」とあり、「先端をとがらせて猛毒を塗る」、マレー半島のセノイ族、セマン族、ジャクン族、フィリピンのパラワン族、マノボ族、南アメリカのインディオ、コロンビアのシリオノ族たちの間で、今日も用いられている」と書いてありました。「今日」は執筆時点なので、いまも用いられているかどうかわかりません。

こういうことは「国立民族学博物館」でわかるのでは、とまた簡単に検索したところ、アーカイブに、2016年12月4日『毎日小学生新聞』の「樹液ぬった吹き矢で獲物ゲット」(文・信田敏宏 国立民族学博物館教授)という記事(pdfです)がヒットしました。マレー半島の先住民族オラン・アスリの人々は、「吹き矢ややりでサルやイノシシなどをつかまえたり」していたのですが、森林の開発で、生活の糧である森を失い、政府が用意した定住地に強制的に移住させられ、プランテーションの労働者となったそうです。が、近年、先住民族としての権利や誇りをとりもどそうとする人々が出てきたとあり、吹き矢をかまえる村びとの写真が掲載されていました。

国立民族学博物館の標本資料目録データベースには、マレー半島のセノイの人の吹き矢と吹き筒の写真が載っていて、吹き筒は全長102センチで、玄関の吹き矢とよく似ています。

さらに、「Sonhos de Amazonia ともに生きる森 山口吉彦アマゾンコレクション」という展覧会が、山形県の致道博物館で2020年の4~6月に開かれていたようで、ありがたいことに特設Web展示が公開中!で、「食べる・狩る・漁る」のコーナーを見てみると、ありました、吹き矢。ここにも玄関のとよく似た吹き矢が展示されていました。そしてなんとありがたいことに、文化人類学研究者の山口吉彦さん自ら、動画で解説もしてくださっています。

それによると、ペルーとの国境近くにいる部族は、よく吹き矢を使うそうです。35、6メートルも上の方にいる鳥とかサルとか獲物を打ち落とすといいます。最近(この最近もちょっと不明?)は散弾銃が部族によっては入ってきているけれど、散弾銃では一匹しか捕れない。ほかの獲物は逃げちゃう。吹き矢だと、ほかの獲物が気がつかないので、何匹も捕れるというメリットがあるそうです。

信田先生も、山口先生も、吹き矢は「狩猟」の道具と説明されています。人と「戦闘」する道具ではなさそうです。

その証拠に、吹き矢はオリンピック競技には入っていません。オリンピック競技って、古代も近代も基本は戦闘ですよね。戦闘能力を競って、優れた人が勝つ。(オリンピックのことを誤解している?聖火リレーは日本列島を一筆書きすると思ってたクチです)

十種競技とか五種競技ってほら、ヤリ投げとか、砲丸投げとか、戦いの道具を使ってるし、などと書こうとして、一応調べたら、陸上競技のほかに「近代五種競技」っていうのがあって、これはもう本格的に戦闘能力を競っていて驚きました。水泳、フェンシング(2種あり)、馬術、レーザーランの計5種を、一人の選手が一日でこなすそうです。だいたい「レーザーラン」って何?それは、射撃を5発的中させ、撃ち終わると直ちに800mのランニング、これを4回繰り返す、そうです。スポーツ?それ?闘ってるよね?(「近代五種競技」についてJOCのページへ

こうなってくると、ウエルネスな吹き矢なんかはオリンピックからますます遠い。しかし、吹き矢の人はオリンピック出場を夢見ているようで。

「吹き矢の全国大会で3位になったので、次は日本一になりたいです。また、吹き矢を有名にして、オリンピックの種目になり自分も選手として出場したいです」というコメントが出てきました。(2020年12月10日「春日部市(埼玉県)HP」)。

これは小学生のコメントです。吹き矢は小学3年生(当時)が全国大会で3位をとれる競技なのですね。まあ80歳すぎて始める人もいるくらいだから、まさに老若男女のスポーツなのでしょう。吹き矢がオリンピック種目になるかどうかはともかく、ここに吹き矢のことを書いたので、ちょっとだけでも有名になるかもしれません。

by 塚村真美