ひょうたんから「ます」
by 奥田亮
中途半端に寒い、ビシッとしない冬だなあ…。と、生意気なことをいうようになってきた信州歴10年目の関西人です。今年は雪が積もったかと思うと、日中そこそこ気温が上がってすぐに溶ける、また降って積もる、また溶けるの連続。例年は一度積もった雪は溶けずに残り、カチカチの氷状態になるのですが、今年はあとかたもなく消えてしまいます。道が滑らず安全でいいのですが、なんとなく物足りない…。地元のお年寄りは、雪がなくて楽でいいねえ、といいますが。そりゃそうですよね。
水漬け中のイプもバケツのなかで雪を被ったり溶けたりを繰り返しています。まあ、春まで気長に待ちましょう。
さて、じつは先週、待望のアトラクションがはじまりました。それは…、ピアノのお稽古。
え、もう弾けるんじゃないの、CDでもピアノ弾いてる曲あるじゃないのと言われるのですが、いやいや、自分としては弾けてるという意識はあまりないのです。
ちゃんと譜面を見て弾くということがしたくて、ここ数年ずっとそれが頭の中に渦巻いておりました。譜面を見て弾くのなら、簡単な譜面を買ってきて自分でやればいいじゃないのと、もう一人の自分がいうのですが、どうしてもひとりではそこに行き着かない。実際何度か『大人のピアノ入門』とか、『やさしい譜面の読み方』みたいな本を買ってきて挑戦したことはあったのですが、これがどうにも続かないし、やる気が起きなくて、何度も中途挫折を繰り返していたのです。だれかに背中を押してもらわないとできない…。
すでに2019年の秋、近所でピアノを教えおられる先生のところに行く話が進んでいたのです。ところが行く予定になっていた頃、台風19号が直撃。被災した家の片付けの手伝いや炊き出しなどでバタバタしていて、ちょっと延期しましょうということになったのですが、今度はコロナで、どうもそんな状況じゃないなという感じになってきて、そのままずーっとウヤムヤになっていたのでした。それがついこの間、その先生とバッタリとお会いして、遅い新年の挨拶をしたついでに思い切って話を持ち出したのでした。
ということで、ようやく実現したピアノのお稽古。私の希望は、譜面を読めるようになること、そして譜面を見ながら弾けるようになること。先生が用意してくださった教則本は『もっとやさしいオトナピアノ ピアノで弾きたいクラシック』(ヤマハミュージックメディア発行)。クラシックの古典、名曲をギリギリ削ぎ落として簡単に弾けるようにアレンジされた曲がずらりと並んでいます。その中からわたくしが選んだのは、シューベルトの「ます」。
音符を見ながら、指定された鍵盤を指定された指で押し、音を出して耳で確認する。これを、右手はト音記号、左手はへ音記号を同時に見ながら音を出す。視覚情報から動かすべき信号を指に伝え、聴覚情報に転換する?? これって、かなり複雑なことをやってるんじゃないでしょうか。いやー、これは大変です。こんなに音符が少ないのに必死です。世の中の譜面を読んで音楽している人たちってすごいことしてるんですね! ひゃー、あらためて考えるとすごい! でもとても新鮮で楽しい。
ほんの30分程度だったのですが、普段使っていない脳みそを使って、ちょっと脳が疲れはじめていました。脳のコリが少し取れたようにも感じます。音楽を楽しんだ感はほとんどないのですが。譜面は、音を伝えるために作られた言語なんだとあらためて思いました。体で覚える言葉。
そして、人に教わるということもこれまた新鮮。河合隼雄が晩年、フルートを習っておられて、人に教わるということの大切さを語っておられたことを思い出しました。あ、でもどうして大切なのかは忘れてしまいましたが…。
目標のバッハは、遥か遠くで霞んでいますが、そこに至る道が少しだけ見えたような気がしたのでした。でれろん。
(453日目∞ 2月15日)