ひょうたんが表紙の本『旅人の食』

by 丸黄うりほ

山本志乃著『旅人の食』(教育評論社)

東横堀川沿いの書店「ホトリヲ」さんで偶然出会った、ひょうたんが大きく表紙に描かれた本(「ひょうたん日記」1396日目)。きょうは、その本『旅人の食』について紹介したいと思います。

『旅人の食』のサブタイトルは「旅の記録と食風景」。「はじめに」には、「人類の歴史は移動、すなわち旅の歴史でもある。数百万年にもおよぶそれは、食を求めての旅であった。」また、「旅と食は分かちがたく結びついている。」と書かれています。この本では、おもに旅人たちが残した記録を手がかりとし、江戸時代後期から明治・大正・昭和初期あたりまでの時代を対象として、おおよそ三つのパターンに分けられる旅のかたちを描き出しています。

三つのパターンのうちの一つ目が、「遊山と紀行」。遊興と物見遊山の旅のことで、これは現代の私たちの旅にもなじみやすいですね。二つ目が、「放浪と冒険」。古来の苦難の旅、いわば修行に近い旅。そして三つ目が「越境と遊飛」。海を越えて未知の国、異郷へと身を投じた旅。この本では、「三つの旅のかたちそれぞれに七編ずつ、全部で二十一の旅人を紹介した。」とあります。

奥付によると著者の山本志乃さんは、神奈川大学国際日本学部歴史民俗学科の教授。「定期市や行商に携わる人たちの生活誌、庶民の信仰の旅、女性の旅などについて調査研究を行なっている。」とのこと。

また、表紙と各話の扉を飾るイラストは、イラストレーターの中島梨絵さんが、この本に収められた二十一の「旅と食のものがたり」から着想を得て描かれたと「あとがき」にありました。私がジャケ買いしてしまったひょうたんの絵はもちろんですが、各話の扉絵が、ほんとうに良い。浮世絵にも通じるすっきりとした線で、デフォルメしすぎず、かつあたたかみも感じられます。

この本の中でひょうたんが描かれているのは、表紙(写真上)と中表紙(表紙と同じ絵)。そのほかには、二つ目の「放浪と冒険」の三人目としてエピソードが紹介されている「孤高の俳人–井上井月」の扉絵です。

扉絵のひょうたんは紐が結ばれたシンプルなもので、その形から、表紙の絵のひょうたんのシルエットと同じだとわかります。表紙のひょうたんの中に描かれた羊や黒船のイラストも別の扉絵として出てくるので、表紙はこれらを組み合わせてデザインされたもののようです。

さて。この井上井月という人物。恥ずかしながら、私はこの本を読むまでまったく知りませんでした。

山本さんの記述によると、井上井月は幕末から明治初期にかけて生きた人で、越後国の下級武士の出身。諸国遍歴ののち信州伊那にあらわれて、地域の家々を回りながら俳諧で世過ぎをしたのだそう。

俳諧で世過ぎとはどういうこと?

なんと、住まいもなく、財も持たず、ただ家々を尋ねては句を残していく。それだけで亡くなるまでの三十年間を生き通したらしい。そんなことが、可能なの?

128ページには、「図13」として「下島空谷筆による井月の面影」という俳画のキリヌキ写真が掲げられています。その絵の井月は、少し背を丸めて杖をつき、足にはわらじ、背中には書道具、そして腰にはひょうたんをぶら下げています。まさに、絵に描いたような「時代劇に出てくる旅のお人」いや、「風来坊」といった出で立ち。

このひょうたんに水を入れて旅をしていたのかな?と思ったら。どうやら、井月という人はものすごい酒好きだったらしく。

「明日しらぬ身の楽しみや花に酒」

という句を残していることからもわかるように、伊那のあちこちの家々をめぐっては、腰に下げたひょうたんに酒を満たしてもらい、機嫌よく帰ったのだそう。「馳走一瓢」などと日記に書いている日もあるらしいです。

井上井月の食は、ひょうたん=酒にあり。

現代ならただの酔っ払いとして一蹴されそうですが、俳人として尊敬され、地域の人々に大好きなお酒を振舞われて66歳まで生きた。驚くべき生涯だなと思うとともに、伊那の人々の太っ腹というか、心の豊かさもすごいと思いました。

ここは「ひょうたん日記」なので、今回はひょうたんにフォーカスして井上井月の話だけを取り上げて紹介しましたが、その他の二十話も大変面白かったです。人類の歴史は旅の歴史。そして食は人生でもある。偶然出会った本でしたが、書架に並べて、ときどき読み返してみたい本の一冊になりました。

(1398日目∞ 12月10日)